大阪高等裁判所 昭和30年(ネ)1350号 判決 1958年5月26日
控訴人(附帯被控訴人)・被告(反訴原告) 山本貞
訴訟代理人 竹内角左衛門 外四名
被控訴人(附帯控訴人)・原告(反訴被告) 神崎貢
訴訟代理人 浅野亨
主文
控訴人の本件控訴を棄却する。
原判決中控訴人の反訴請求を棄却した部分を除きその他を取り消す。
控訴人(附帯被控訴人)は、被控訴人(附帯控訴人)に対し別紙目録記載の土地建物を明け渡せ。
訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ第一、二審とも、附帯控訴費用をも含めて、控訴人(附帯被控訴人)の負担とする。
この判決主文第三項は、被控訴人が一〇〇、〇〇〇円の担保を供するときは仮に執行することができる。
事実
控訴人は、昭和三〇年(ネ)第一、三五〇号事件について、「原判決を取り消す。被控訴人の本訴請求を棄却する。被控訴人は控訴人に対し別紙目録記載の土地建物の所有権移転登記をせよ。訴訟費用は、本訴及び反訴を通じ第一、二審とも、被控訴人の負担とする」との判決を求め、昭和三〇年(ネ)第一、四四九号事件について、「附帯控訴人の本件附帯控訴を棄却する。附帯控訴費用は附帯控訴人の負担とする。」との判決を求め、被控訴人は昭和三〇年(ネ)第一、三五〇号事件について、「控訴人の本件控訴を棄却する。控訴費用は控訴人の負担とする。」との判決を求め、昭和三〇年(ネ)第一、四四九号事件について原判決中附帯控訴人敗訴部分を取り消す。附帯被控訴人(控訴人)は附帯控訴人(被控訴人)に対し別紙目録記載の土地建物を明け渡せ。附帯控訴費用は附帯被控訴人の負担とする。」との判決と土地建物明渡の部分について仮執行の宣言を求めた。
当事者双方の主張は、
被控訴人(附帯控訴人、以下被控訴人という。)の方で、(一)原判決添付目録記載の宅地二五五坪五六は昭和二四年三月三〇日買収により一四坪四を分割して二四一坪一六となり、昭和二六年七月一五日行政区画変更により大津市東浦垣内町二四二番となつた。(二)本件売買代金は八、五〇〇円であつて一二、五〇〇円でないから、四、〇〇〇円の未払代金があるものでない。仮に四、〇〇〇円の支払義務があるものとすれば、売買代金残額でなく代金増額の名目でなされた贈与である。従つて本件売買は昭和一六年五月一日代金八、五〇〇円の支払と所有権移転登記の完了とにより履行が終つているものであつて、契約解除の余地はない。(三)仮に四、〇〇〇円の未払代金があるものとしても、その代金債権はその弁済期の翌日である昭和一七年一月一日から一〇年を経過した昭和二六年一二月末日限り消滅時効が完成している。被控訴人は昭和一六年五月一日売買により取得した別紙目録記載の土地建物(以下本件土地建物という。)の所有権に基き明渡を請求するものである。(四)戦後の貨幣価値の変動は契約解除の原因となるべき事情変更にはあたらない。(五)控訴人(附帯被控訴人、以下控訴人という。)の昭和三二年八月二九日付売買代金支払の催告は、本件売買の事実を否定しながら、仮に売買があるものとすればとの仮定の上に立つたものであつて、このような仮定的な意思表示は適法な催告ということができない。と述べ、
控訴人の方で、(一)控訴人先代小四郎は金銭に窮し被控訴人から一二、五〇〇円を借り受ける約束をし内八、五〇〇円を受け取り、当初右担保の目的を達するため本件土地建物に所有権移転請求権保全仮登記をしようとしたが、被控訴人から債務不履行の場合債権の回収を容易とするため本登記をせられたい旨の要請があつたので親族関係にある被控訴人を信頼し、借金返済の上は直ちに所有名義を小四郎に復帰するとの約束の下に、被控訴人に所有権移転登記をしたものである。従つて外部関係では所有権の移転があつたが、内部関係では所有権の移転なく、小四郎が債務を履行しない場合に始めて被控訴人に所有権が移転する約旨であつた。それだからこそ小四郎や控訴人が本件土地建物を依然として占有使用し公租公課を負担し保存修理をして来たものであり、被控訴人に対し残金四、〇〇〇円の交付を強く要求せず、被控訴人からも本訴提起まで永く明渡を請求されなかつたものである。(二)仮に本件土地建物について売買契約がなされたものとしても代金は当初から一二、五〇〇円であつて、後日四、〇〇〇円を増額したものでなく、まして四、〇〇〇円が贈与であるようなことはない。(三)控訴人の被控訴人に対する残代金四、〇〇〇円の支払請求権と、被控訴人の控訴人に対する本件土地建物の明渡請求権とはともに本件土地建物の売買契約に基くものであつて同時履行の関係に立つものである。控訴人は本件土地建物の明渡を提供しなければ残代金の支払を請求することができないものであるから、未だ明渡の提供のない本件にあつては残代金支払について権利を行使することができる時に至つておらず時効は進行せず消滅時効は完成していない。被控訴人が右売買契約に基き本件土地建物の明渡を求めながら、一方右売買契約に基く残代金請求権の消滅時効を援用することは信義誠実の原則に反し許されない。(四)本件売買残代金四、〇〇〇円は昭和一六年一二月末日限り支払うべきものであるのに今なおその支払がなされていないところ、戦後の貨幣価値の暴落により現在四、〇〇〇円の支払を受けても、控訴人は売買契約当時の目的を達することができないから、事情変更を原因として本訴において本件売買契約を解除する。(五)仮に右主張が理由がないとしても本件土地建物の現在の時価は一、六二七、〇三〇円であるところ。控訴人は被控訴人に対し昭和三二年八月二九日付書面で、右四、〇〇〇円を右一、六二七、〇三〇円の一二五分の四〇の割合の五二〇、六四九円に増額請求し、これを書面到達後二週間以内に支払うべく、もしこれに応じないときは本件売買契約を解除する旨の催告及び条件付契約解除の意思表示をし、右書面は同月三一日被控訴人に到達したが、被控訴人はその支払をしないから、本件売買契約は同日限り解除されたものである。と述べた外、
いずれも原判決事実記載と同一であるから、これを引用する。
当事者双方の証拠の提出援用認否は、
被控訴人の方で、被控訴人本人の当審における尋問の結果を援用する。
控訴人の方で、当審証人奥村良雄、山本チトセの証言、当審鑑定人堀虎之助、渡辺宗次郎の鑑定の結果を援用すると述べた外、
いずれも原判決事実記載(但し、原判決三枚目表終から二行目に「第六号証の一乃至六」とあるのを「第六号証の一乃至七」と訂正する。と同一であるから、これを引用する。
理由
成立に争のない甲第一号証から第三号証まで、乙第三号証、第五号証、第六号証の一から七まで、当審証人奥村良雄の証言によりその成立を認めることができる乙第一号証の一から三まで(乙第一号証の一中被控訴人の氏名記載部分を除いたものについては成立に争はない。)第二号証、当審証人山本チトセの証言によりその成立を認めることができる乙第四号証、当審証人奥村良雄の証言、原審及び当審証人山本チトセの証言の一部、被控訴人本人の原審及び当審における尋問の結果の一部、当審鑑定人堀虎之助、同渡辺宗次郎の鑑定の結果を総合すると、次の事実を認めることができる。控訴人先代亡山本小四郎妻チトセは被控訴人と従兄弟の関係にあつて、幼い時同じ家で養育せられ懇意であつたが、小四郎は農工銀行に対する五、〇〇〇円の債務の弁済その他で資金を必要としたので被控訴人に金借方を申し出て、その担保として当初小四郎が所有しその家族とともに居住する本件土地建物について所有権移転請求権保全の仮登記をするつもりで奥村司法書士にその書類を作成させたが、被控訴人と交渉の結果、昭和一六年四月二九日小四郎は右資金を得るため本件土地建物を被控訴人に代金一二、五〇〇円で売り渡すこととなり、同年五月一日被控訴人に所有権移転登記をすると同時に代金の内小四郎が早急に必要とする八、五〇〇円を受け取り、残金四、〇〇〇円は小四郎が資金を要する同年一二月末日に支払を受けることを約した。右売買は小四郎の要望によつたものであり、被控訴人は特に本件土地建物を必要としたものでなかつたため、右移転登記に要する費用は小四郎がこれを支出し、また明渡の時期についても何等のとりきめがなされなかつたばかりでなく、控訴人先代や控訴人に対し本訴提起に至るまで永く明渡を請求しなかつた。被控訴人は残代金四、〇〇〇円を約束の期日に支払わなかつたが、控訴人側でも本件土地建物を明け渡さず使用を継続していることであるから被控訴人にその支払を強く要求することなく、またその賃料を支払つていないので公租公課を納付し、修繕費を支出してきた。このように認定されるのである。
控訴人は、本件土地建物は一二、五〇〇円の債務の譲渡担保として被控訴人に移転されたものであると主張するけれども、譲渡担保について定められるのを通常とする弁済期が定められたことを認めるべき証拠は何もなく、原審及び当審証人山本チトセの証言中控訴人の右主張に合する部分は信用することができず、原審証人本木誠三の証言によつても控訴人の右主張事実を肯認して前認定をくつがえすことはできず、その他前認定をくつがえすに足りる証拠はない。
小四郎の死亡により山本忠が家督相続をし、忠の死亡により控訴人が家督相続をし、控訴人が本件建物に居住してこれとその敷地とを占有していることは当事者間に争がないから、控訴人は所有権に基いて本件土地建物の明渡を求める被控訴人に対しこれを明け渡すべき義務があるものといわなければならない。
被控訴人は控訴人に対し残代金四、〇〇〇円を昭和一六年一二月末日に支払うことを約したものであるから被控訴人主張のとおりその後一〇年を経過した昭和二六年一二月末日をもつて消滅時効が完成したものといわなければならない。もつとも控訴人の主張するとおり、右残代金四、〇〇〇円の支払と本件土地建物の明渡とは同時履行の関係にあるものと解しなければならないけれども、同時履行の抗弁権があるからといつて消滅時効の進行を妨げるものではない。控訴人は本件土地建物の明渡を提供しない限り被控訴人に対し残代金の支払を請求することができないものではなく、昭和一六年一二月末日から何時でも残代金の支払を請求できるけれども、ただ被控訴人は控訴人から明渡の提供を受けるまで残代金の支払を拒むことができるものにすぎないから、残代金支払請求権は昭和一六年一二月末日からこれを行使することができるものである。代金債権についてと同様、売買契約に基く本件土地建物の明渡請求債権についても消滅時効が完成するものといわなければならない。しかしながら被控訴人は売買契約の履行として本件土地建物の明渡を求めるものでなく、売買契約により取得した所有権に基きその明渡を求めるものであつて、所有権に基く明渡請求権は消滅時効にかかるものではない。元来消滅時効の制度は、権利を行使しないという事実状態が永続した場合、この事実を基礎として種々の取引関係が形成されるので後になつてこれをくつがえすことはかえつて取引の安全を害するし、また権利が永く行使されないとその存否の証明が困難となるということに基くものである。従つて債権の存否の証明が困難となるものとして契約に基く明渡請求権が消滅時効にかかつたとしても、所有権に基く明渡請求を妨げるものでなく、相手方は契約に基く請求権ならばこれに対し同時履行の関係にある請求権をもつてその履行を拒むことができるものであつたとしても、所有者が所有権に基き明渡を求め契約に基く明渡請求権を行使しないことをもつて信義誠実の原則に反するものということはできない。
そうすると控訴人が被控訴人に対し残代金四、〇〇〇円の支払を求める権利は、昭和二六年一二月末日消滅したものであるからその存在を前提とする控訴人の主張はいずれも採用することができない。
また控訴人の反訴請求は、本件土地建物について譲渡担保があつたことを前提とするものであるところ、譲渡担保でなく売買が成立したことは前認定のとおりであるから、その理由のないことは明白である。
そうすると控訴人に対し本件土地建物の明渡を求める被控訴人の本訴請求は全部正当としてこれを認容すべく、控訴人の反訴請求は失当としてこれを棄却すべきものであつて、これと同旨でない原判決の部分は取消を免れず、控訴人の本件控訴は理由がないが、被控訴人の本件附帯控訴は理由があることとなる。そこで訴訟費用の負担について民訴法九六条八九条、仮執行の宣言について同法一九六条を適用し主文のとおり判決する。
(裁判長判事 熊野啓五郎 判事 岡野幸之助 判事 坂口公男)
(目録省略)